翡草庵日乗

地方中核都市に引っ込んだ文化的半自給自足主義者の日々の雑事記

20190123

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玄関飾りを変える。

 

書:不詳「寿山福海」

花:小原流写景盛自然本位風

花器:桶谷定一造鉄釉輪花水盤

飾物:糠川清章造九谷五彩翁人形

 

玄関は未だ正月気分続行である。書のコレクションは画に比して情熱も予算も各段に少ない。少ないが少ないなりに僕なりの拘りがあって、その一つはベタな言葉や字ではないことだ。例えば「夢」とか「寿」とかそんな教室の壁面のようなものを飾るつもりは毛頭ない。この「寿山福海」とは長寿は山のように大きく、禍福は海のように深い」という典型的な多幸の状態を言い表している。それだけなら別段珍しくもない吉祥の文言の内の一つなのだけど、これは語順の違う同意の熟語があってそれは「福山寿海」である。それは蓬莱山のように古代中国から信じられている一つの理想郷のようなもので霊芝と黒松の茂る峻嶮な山々と海が鬩ぎ合いそこに蝙蝠が群翔している風景だ。僕はこれこそが備後福山の地名の由来だと信じている。藩祖水野日向守勝成は幻の色絵磁器姫谷焼を保護奨励したと言われていて茶の湯にも通じた武将であった。「福山寿海」の図は中国古代陶磁器の染付の文様にしばしば使われているのでそれを勝成は知っていたに相違ない。件の図柄は埋め立てられる以前の福山城以南、幻の商業都市草戸千軒から芦田川下流鞆の津に至る一帯の風景と酷似している。そして福山市の市章は言うまでもなく蝙蝠なのである。

 

翁人形は九谷糠川清章の五彩でこれはサイズ違いの大きなものも持っている。本年は花が豊富にあったので大きい五彩の出番は無かった。九谷清章の五彩はとんでもない値段で売られていた時期があったようで僕の買値の60倍くらいである。九谷焼の玉乗り獅子の置物などもきっと高かったに相違ない。陶工たちにとっては本当に良い時代であったと思う。