翡草庵日乗

地方中核都市に引っ込んだ文化的半自給自足主義者の日々の雑事記

20190116

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玄関飾りの展示替えである。

 

画:弘華筆「富士残照(仮題)」

花:小原流写景盛自然本位風

花器:桶谷定一造鉄釉輪花水盤

飾物:林紅村造青磁翁人形

 

東京は七日、京都でも十五日までが松の内だと言うが目出度い事は良いではないか。こうでもしないと翁人形たちの立つ瀬がないのである。この翁は京焼作家の林紅村作ではっきりしている。代々清水とか粟田口とかで何代も続く窯元かと思ったら先々代が美濃から清水へ越して来たらしい。そして花器の作家が判明した。京焼作家の茶陶で有名な桶谷定一であった。釉調から瀬戸だと思い込んでいたが、元日の正月飾りのエントリーを書きながら京焼かもしれないと推量してハタと気が付いた。銘は「定」一文字で間違いない。桶谷さんの茶入れを持っているのになぜ今まで気が付かなかった不思議である。鉄釉に灰釉の流れの印象が強過ぎて、鉄黒一色のこの花器とどうしても繋がらなかった。分かってみればグランドピアノを思わせる深い鉄黒は桶谷さんの茶入れのそれと全く同一だ。

 

桶谷定一という作家は大変多産な作家で彼の茶入や天目茶碗は質の高いものだけれども需給悪には勝てず随分値を下げたと思う。しかし水盤となるとこれは珍品で彼の花器を他に見たことがない。作家名も分からずこれ以下は無いという値段で拾ったものだけど、やはり単純な黒とは違う底に臙脂の赤味を孕んだ鉄釉一色はただものではなかった。底が見せ高台になっていて土味が桶谷さんの茶入れのそれとよく似ているとは脳裏をかすめたのも思い出した。桶谷定一造だと分かって幾らの価値があるかはわからないけれど、珍品に弱い僕としては大変良い買い物であった。

 

画は弘華筆の富士の図である。茜色の空を背景に冠雪した富士に松がお目出度いので選んだ。富士山というベタなモチーフの画はこれ一枚切りである。或いは富士山ではないかもしれない。そういう控えめなところが気に入ったのだ。弘華という作家に付いての情報は全く集まらない。やはり画家が本分なのであろうか。謎の作家というのはなぜか気になって仕方ない。

 

京焼が重なって、京都へ漂泊の想いが募る。やる事が多過ぎて一向旅に出れないのは難儀なことである。