翡草庵日乗

文化的半自給自足生活を旨とする地方中核都市に引っ込んだアラ40男子の日々の雑事記

20190124

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先日の夕の御膳である。

 

お品書き;

福山産貰い物慈姑と豚バラ肉とバナエイ海老と椎茸の焼売

糸蒟蒻とパクチーと玉葱とバナエイ海老とアミエビと豚ロースの泰風冷しゃぶサラダ

バナエイ海老のフリッターオーロラソース

 

酒:眞露「麦のときめき」糖質50%オフ

 

器;

不詳ミニ蒸篭

麦波造鉄絵蟹文平皿

大和保男造萩粉引鉢

黒木泰等造青白磁輪花鉢

不詳やちむん三彩唐草文小鉢

 

酒器:長楽窯造大樋飴釉筒湯呑見立

 

泰風糸蒟蒻冷麺と言うか冷しゃぶサラダは茗荷out玉葱inでさらにフィットネスが上がった。あっと言う間に完成形の美味さである。夏は更に重宝するだろう。バナエイ海老のフリッターオーロラソースブラックタイガー海老フライタルタルソースと甲乙付け難い。ポイントは海老フライより一回り小サイズの海老にすることだ。

 

器は大和保男の粉引鉢とやちむんの三彩の取り皿。県の無形文化財クラスでも菓子鉢は安い。先日宇田川抱青の木葉鉢の優品が売りに出た。2万出す気があればひょっとしたら買えたかもしれない。宇田川抱青の優品を2万で買えるなら安い。通常考えられないが菓子鉢ならあり得る。これが酒器なら10万オーバーだろうが菓子鉢ほど使い手を選ぶ器も無いのである。2万出せるかと言えば出せる。だけど、見送った。なぜなら宇田川抱青の菓子鉢にカレーをよそったりパスタを盛ったりすることは出来ないからである。きっと5000円で買えても出来ないだろう。それが宇田川抱青という物故作家に対する僕のリスペクトなのでる。日々の器に出来ない器に2万円は払えない。それが僕の器選びの流儀である。

 

やちむんの三彩は良い色味で7-8寸のものを安く探すのはなかなか骨が折れる。と言ってプロパーで買う気はしない。根気強く待つ。それも楽しいものである。

 

20190123

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玄関飾りを変える。

 

書:不詳「寿山福海」

花:小原流写景盛自然本位風

花器:桶谷定一造鉄釉輪花水盤

飾物:糠川清章造九谷五彩翁人形

 

玄関は未だ正月気分続行である。書のコレクションは画に比して情熱も予算も各段に少ない。少ないが少ないなりに僕なりの拘りがあって、その一つはベタな言葉や字ではないことだ。例えば「夢」とか「寿」とかそんな教室の壁面のようなものを飾るつもりは毛頭ない。この「寿山福海」とは長寿は山のように大きく、禍福は海のように深い」という典型的な多幸の状態を言い表している。それだけなら別段珍しくもない吉祥の文言の内の一つなのだけど、これは語順の違う同意の熟語があってそれは「福山寿海」である。それは蓬莱山のように古代中国から信じられている一つの理想郷のようなもので霊芝と黒松の茂る峻嶮な山々と海が鬩ぎ合いそこに蝙蝠が群翔している風景だ。僕はこれこそが備後福山の地名の由来だと信じている。藩祖水野日向守勝成は幻の色絵磁器姫谷焼を保護奨励したと言われていて茶の湯にも通じた武将であった。「福山寿海」の図は中国古代陶磁器の染付の文様にしばしば使われているのでそれを勝成は知っていたに相違ない。件の図柄は埋め立てられる以前の福山城以南、幻の商業都市草戸千軒から芦田川下流鞆の津に至る一帯の風景と酷似している。そして福山市の市章は言うまでもなく蝙蝠なのである。

 

翁人形は九谷糠川清章の五彩でこれはサイズ違いの大きなものも持っている。本年は花が豊富にあったので大きい五彩の出番は無かった。九谷清章の五彩はとんでもない値段で売られていた時期があったようで僕の買値の60倍くらいである。九谷焼の玉乗り獅子の置物などもきっと高かったに相違ない。陶工たちにとっては本当に良い時代であったと思う。

20190122

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床の間飾りを変える。

 

軸:五葉愚溪筆画賛「達磨図」

花:野辺咲蝋梅、貰い物庭咲千両

花器:大山昇造丹波松灰釉扁壺花入

 

床の間は正月気分を払拭した。禅寺の古刹のそれの設えだ。軸の達磨図と賛は妙心寺管長だった五葉愚溪。中々よく描けていると思う。コレクション二幅目に買った軸で軸先は片方折れたりしていたものだったけど良い買い物だった。洒脱な一筆描きの墨絵の達磨が欲しかったのだ。白隠なら買値の200倍はするだろう。白隠のエロ爺のような達磨も愛嬌があって面白いがそのような値付けはバカげていると思う。仙厓も然りである。五葉愚溪についてはあまり詳しくは分からない。神戸六甲の廃寺を鈴木商店の奥方の援助で復興したりしたらしい。機会があれば訪ねてみたい。

 

花器は丹波の大山昇。施釉だろうが分厚い松灰釉が焼き締めの生地に流れている。この釉調と絶妙に歪んだ形状がこの花入の全てである。見た瞬間から梅や木瓜、或いは椿をシンプルに生けてみたいと思ったのだ。

20190121

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玄関飾りを変える。

 

画:山本紅雲筆「南天雪」

花:野辺咲蝋梅、貰い物庭咲千両、若松

花器:不詳山水文浮き彫り耳付薄端

 

ご近所の荒れ地の傍らにひっそりと咲く蝋梅を見つけた。公道に面していないので盲点になっていた。お昼のお好み焼きを設えた後にソースを切らしていることに気が付いて渋々自転車で近所のドラッグストアへソースを買いに行く道すがら見つけたものだ。その時ソース切れの口惜しさを募らせるよりも、その機会を何か新な発見の契機とする生き方を選ばんと欲して普段通らない道を選んで見事蝋梅を見つけた。日々是好日である。

 

画は山本紅雲筆。紅雲は栖鳳の弟子で花鳥や小動物を描かせると上手い。そして何より安いのだ。僕の弱小コレクションの中でも三幅と最大派閥を形成している。その中ではこの南天に目白の図が最も駄作だとは思うけど、表具が派手で正月の玄関正面によく飾るのだが、本年は以知庵にその座を譲った。実は今紅雲の小品の静物でちょっと気になる軸がある。来年の新年はそれがこの場を飾るかもしれない。

 

花器の薄端は全く情報がない。素材も銅なのか鉄なのか、多分鉄だろう。随分安かったからだ。いずれ京都か高岡あたりの中級品だと思う。

 

この二回ほど兼題が難しく投句をパスした俳句ポストだったけど、久々に並選に復活した。いつもながら並と人の差が分からない。人選は二句ずつ常連が選ばれているのが気になる。結局そういうことなのかと思ってしまう。

 

兼題は「雪兎」

 

雪兎ミシュランに星付いたとか

 

草翡

 

 

 

20190120

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先日の昼の御膳である。

 

お品書き;

茗荷と大根とキャベツと人参と玉葱と豚ロースと縮緬雑魚の冷しゃぶサラダ

豚挽肉と縮緬雑魚と高菜の焼飯

 

酒:ノンアルコールフェイクビア・サントリー・オールフリー

 

器;

不詳鉄絵桃山志野写撫四方鉢

瑞光造九谷五彩布袋文平皿

 

酒器:長楽窯造大樋飴釉筒湯呑見立

 

どうも最近中華エスニック系が頻出だ。一因として魚が釣れなくなったことが大きい。

 

焼き飯は腕が一段上がったような気がする。高菜チャーハンには縮緬雑魚と葉ネギを欠かさないことだ。

 

先々日が泰風冷しゃぶサラダだったので、この日は和風純正冷しゃぶとした。茗荷はここでこそ生きる。何事も適材適所が心地良い。

 

器の志野の鉢は家に転がっていたものなので高価なものではない。桃山調の絵志野は佐藤康元とか桂山窯とかその辺ではないかと思う。そして九谷の五彩は時代は無いが中々の発色の良さで特に青唐草文が大変美しい。焼き飯で隠れてしまっているが見込みに福福しい布袋様が、外側にはぐるり黒牡丹が描かれている。この絵付けが大変秀逸で気に入っている。九谷瑞光の絵付けがこれがデフォなら今後も探してみるつもりだ。

 

 

 

 

20190119

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先日の夕の御膳である。

 

お品書き;

パクチーと茗荷と生姜と糸蒟蒻と豚ロースとバナエイ海老とアミ海老の泰風冷シャブサラダ

福山産貰い物慈姑と豚バラ肉とバナエイ海老の菊花焼売

ブラジル産マテ茶鶏腿肉の中華風唐揚げ

 

酒:眞露フェイクビア「麦のときめき」糖質50%オフ

 

器;

大和吉孝造萩粉引御本木葉

不詳ミニ蒸篭

麦波造鉄絵蟹文平皿

不詳色絵鳳凰文平皿

 

酒器:長楽窯造大樋飴釉湯呑見立

 

一時期パクチーパクチーと大騒ぎしてくれたお陰で地方のスーパーでも少し気の利いたところならパクチーが手に入る世の中だ。昔は成城石井クラスかデパ地下くらいにしかなかった。有難い事である。しかもブームは去って最早だれも見向きもしないので半額に見切られていたものを惜し気もなく投入し、クオリティーが二段階特進した。平たく言えば具沢山糸蒟蒻泰風冷麺なのであるが生まれて初めて蒟蒻が美味いと感じた。これは玉子麺でもなく米粉でもなく春雨でもなくツルツルした喉越しとドレッシングに漬けても瑞々しいままの糸蒟蒻がピッタリなのだ。茗荷は蛇足だったかもしれない。パクチーの強烈な個性の前に茗荷の良さは掻き消されてしまう。ここは茗荷のいるべき場所では無いのである。

 

中華風鶏唐とは酢醤油にごま油と生姜の微塵切りを加えたものを揚げたてサクサクの衣に染み込ませるのであるが、カリカリサクサクの食感を犠牲にしてやるだけのことはある。酢醤油の酸味が効いてサッパリするのでしつこく無い。

 

そして、慈姑焼売のリベンジである。肉を鶏胸挽肉から豚バラ肉に変えた。これで蒸してもパサつかない。要は脂の分量の問題なのだ。鶏胸だとどうしてもつくねにして焼いた方が美味い。やはり焼売はオーソドックスに豚肉に限るようである。

 

器は大和吉孝の鉢に多分古伊万里だろう色絵皿。大和吉孝さんは大和保男さん同様粉引の御本に見るべきものがある。吉孝さんの方がやや化粧土の茜色の発色が強い。この鉢は焼も上位作で形状も縁がやや末広なので汁気たパスタ皿にも使えそうで今後重宝すると思う。

 

酒は前々から気になっていて今回試しに半ダース買ってみた眞露のフェイクビア。これは中々良くできている。トップバリュのバーリアルと遜色ない。お値段も同水準で近所にイオンが無い身としては今後もリピート確定である。

 

以上3つの試みが全て成功に終わって小確幸の一日であった。

 

20190117

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先日の夕の御膳である。

 

お品書き;

福山産貰い物慈姑と人参と鶏胸挽肉の金平

豆腐と若芽の味噌汁

広島産牡蠣と地産法蓮草のガーリックバターチーズ焼

十六穀米

 

酒:「作」穂の智

 

器;

大野孝晴造萩粉引御本俵向付

不詳山葡萄文蒔絵黒塗椀

十場天伸造土化粧耐熱長角深皿

自作備前緋襷飯椀

 

酒器;

春湖苑造備前桟切湯冷見立

不詳無地唐津

 

牡蠣の食し方として、ホウレンソウとバターと牡蠣のマリアージュか牡蠣フライか甲乙付け難い。そのくらい完成された美味さがある。肝は牡蠣を我慢強くとろ火でソテーしてやることだ。糖質摂取に問題の無い体ならグラタンにしたいところだがその代替案としてチーズを乗せてオーブントースターで焼く。オレガノはあった方が良いだろう。

 

酒は白ワインを切らしてしまい日本酒で。器は十場さんのスリップが僕の食器棚中数少ない耐熱なので重宝している。土化粧即ちスリップウェアというものは派手な色目のものが多くスイーツ皿には良いが料理皿には疑問なものが多いけれどこれはギリ民芸風の色調で使えるかなというのが選考理由。向付は萩の御本手で大野孝晴さんの作。もう故人だけど大野瑞峰の長子で粉引きの御本手の発色が良い。一言に萩と言っても釉調が大別して白、枇杷、そして御本と三つに分かれると思うけど、白なら三輪、宇田川、枇杷なら坂、坂倉、岡田、原、広瀬、御本なら大和、そしてこの大野さんが好みだ。

 

酒器は作者不詳の無地唐津だけど、作家は大前悟さんではないかと思っている。それらしい銘もあるし土味が大前さんの唐津に似ているからだ。前所有者は否定しているけど、だったら誰なのか知らないのだからおかしな話だ。とんでもなく安く手放した手前大前さんでしたとは言えないというか言いたくないというか知らなかったのではないだろうか。 いずれにしてもアシンメトリーでギリギリバランスしている歪みが絶妙でざんぐりと浅く削った高台も良い。ぐい吞は随分増えたけど盃は少ないし、盃の良いものを安く求めるのは骨が折れる。これも良い買い物だった。